わけの分からない体調不良、孤独からの脱出
今週のお題「人生最大の危機」
自分の人生に最も影響を与えたピンチは、27歳で経験した「体調不良」だろう。
「病気」と呼ぶべきなのか、よく分からない「体調不良」だった。
症状はある日突然やってきた。
一人暮らしの家で、夜TVを見ていたら、急に動悸がし始め気分が悪くなった。
お腹を下したので、最初は食あたりか胃腸の病気かと思ったが、横になっても全く回復しない。その後病院で検査をしてみたが、どこにも悪いところは無かった。
つまりは自律神経系の症状だったわけである。
しかし当時のお医者さんは、こういった症状に対しはっきりとした見解を示す人は少なかったので、正確な病名も原因も分からなかった。
単にストレスや生活習慣が原因だろう、ということくらい。
そこから、この症状との長い長い旅が始まった。
具体的には、下痢、吐き気、頭痛、めまい、動悸、血の気が下がる、などがあり、その時によって出る症状が様々入れ替わった。
そして困ったことに、電車の中、劇場、駅、飲食店、などに入ると、緊張しているわけでもないのに勝手に心拍が上がり、血の気が下がり、気分が悪くなるのだった。
それは、どういうわけか気の置けない家族や友人と一緒の場合でも起きた。
わけが分からなかった。
自分の体に何が起きたのか、誰よりも自分が上手く人に説明できないことが、何よりつらかった。(これが一種のパニック障害だったと分かるのは、かなり後のことである)
当然、家族からも友人からも理解はされず、離れていった友人もいた。
多くの人からは「わがまま病」のように見られ、「ただ具合が悪いと思い込んでいるだけ」と言われた。
生活習慣や食事に気を付け、心療内科の薬を飲んでも全快はせず、だが最初の発症からは少し回復したのでかろうじて動くことは出来る、そういう中途半端な体調状態が何年も続いた。
未経験の人からすれば、確かにその中途半端さは不可解だろう。
人から理解してもらうことは、すでに諦めていたので、仕方なく毎日ある程度の吐き気を抱えたまま仕事に行き続けた。
が、ついにある日、会社で倒れたのをきっかけに仕事を辞めた。
人の心は離れていく、仕事は失う、社会に居場所は無くなる、お金も無くなる、体の調子は悪い、当然ストレス発散どころではない・・・よく生きていたなと思う。
まあ、住む家を無くすところまでは落ちなかったし、最終的には見かねた親が実家に戻ってきなさいと言ってくれたので、まだ救いがあった。
そしてその頃から、回復に向けて本格的に色んな行動を始めた。
親のすねをかじりながら、仕事は3年間ほど休んだ。代わりに毎日こつこつと散歩し、徐々に外の環境に体を慣らしていった。
幸いなことに、私は外の空気を吸うことが好きだったので、ひきこもりにはならずに済んだ。
どうしてもまたカフェに行ってコーヒーを飲みたい。
外国に行って美術館巡りをしたい。
映画の主人公のように元気にカッコよく街を歩きたい。
まだまだやりたいことが沢山あるんだーーーーという思いがあったので前を向けた。
こういう時、映画や芝居や音楽が好きで本当に良かったと思う。
感動する、好奇心を持つということが、自分を外の世界に連れ出してくれた。
人から理解されないことが一番つらかったが、この経験で、自分という人間が人一倍孤独に強いことに気付いた。
ものすごくマイナスな経験なのだが、逆にたくさんの恩恵や気付きを受取ることもできた。
もともと薬を飲む習慣がないので、心療内科に通うことは早々に止めた。
代わりに体について自分で勉強を始めた。
アロマテラピーや漢方などの代替療法、食品添加物や糖質の影響についてなどなど。
今の日本ではなかなか実践が難しいものもあるが、知識として「知る」だけでも違うと思うのだ。
その後いったん社会復帰を果たし、普通のフルタイムの仕事に就くことができた。
発症してから7年後のことだった。最終的に力になってくれた親に感謝である。
その後も時折、以前の症状の予備軍的感覚を感じることがあったが、薬など服用することなく事前ケアできている。
つらい症状を味わうことで、以前よりも自分と向き合い、自分の直感を大切にするようになった。
すると、自然と怖いものも少なくなり、会社にも人にもテキトーに甘えるようになった。
しんどいことは出来るだけしない。
そうやってどんどん自分をを解放していき、ある日ふと、自分が思っていた以上に根っからの自由人であることに気付きはじめた。
そうしてその流れで、ついにサラリーマンという職業を自分から手放した。
私は会社組織の中で大人しくやっていけるタイプじゃない・・・(気付くのめちゃめちゃ遅い~~!(笑))
真面目な日本人には、私と同じ経験を持つ人は多いだろう。
まだまだ理解されにくい症状なので、なかなかカミングアウト出来ないのだと思う。
人によって出る症状も様々だし。
だが、日本は孤独な人間でも、どうにかこうにか生きていく方法がちゃんとある。
身内の助けがなくとも、屋根なしの場所で住むことになっても、それでも這い上がる方法はちゃんとある。
自分のような人間も「生きていていいんだ」と、素直に感じられることが今はとても嬉しい。
今回は暗い話になりました(笑)
読んで頂きありがとうございます。