瑠璃色つらつら日記

日常のいろんな気付きやシアワセを書いています。映画、音楽、舞台、アニメなど、好きなもの多すぎて困っちゃう。

黒沢清監督 映画「旅のおわり世界のはじまり」

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映画「旅のおわり世界のはじまり」を映画館で観てきた。(ネタバレ有り)

 

黒沢清監督は昔から大好きだったのに、映画館で観たのは今回が初めて。

 

映画好きなくせに、特にミニシアターなんてもう、頬ずりしたいくらい好きなくせに、ある時期からチケット代を出し渋っていたというね・・・(笑)

単にお金を出す優先順位を間違えていたことに気付いてからは、割と臆することなく通っている。週1ペースで鑑賞していた20代の頃の様にはいかないけれど、再び映画館人生を始められて嬉しい。

 

今回の作品の舞台はウズベキスタン。昔からシルクロードの中継地点として栄えた国だ。

そこで、日本のバラエティ系レポート番組の撮影隊が、無気力な雰囲気で取材しながら各都市を回るという人間ドラマである。

 

主人公であるレポーター葉子役の前田敦子さんの存在感がとても素敵だった。

AKBのあっちゃんとしての認識しかなかった女優さん。パンフに載っていたアンニュイなポートレート写真もいい感じ。

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本作は、現地人の視点から見た日本人の姿、というのも兼ね備えていて面白い。

 

葉子は撮影オフの時間になると、ひとり雑多な街へ食糧調達に出かける。言葉はほぼ通じないし、外国人ゆえにただ歩くだけで目立ってしょうがないので、どこか怯えて心をシャットダウンしている感じ。

また、ウズベキスタンという国にも全く興味はなく、現地人にも撮影隊にさえも一線引いている。自分の本来の居場所はここじゃない感。

いつも心にあるのは、日本にいる彼氏と歌手志望という自分の夢だけ。

どこかふらふらフワフワ浮いた存在として登場する。

 

そして、心の中も街の中でも、彼女は迷子の天才だった。

怯えているくせに、なぜかアヤシイ場所にいつの間にか迷い込んでいたりする。

迷う前に普通引き返すだろ・・・と思わず突っ込みたくなるような無頓着な散歩の仕方をする。それがとても面白いのだ。しかも、その描き方が全くワザとらしくない。

散々迷わせておいて、当然何かアクシデントが!・・・となるでもなく、最後はちゃんと普通にホテルにたどり着いている。

監督、こういうところ美味い、もとい、上手いです。

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また別のシーンで、通訳役のウズベキスタン人青年が、第二次世界大戦時にソ連軍の捕虜だった日本兵が建設に携わった、「ナヴォイ劇場」について熱く語る所があるのだが、ここでふっと違和感を感じるのである。

 

青年の話を聞いている主人公を含め日本人撮影隊は、ウズベキスタンに特に興味を持つでもなく、ただ目の前の仕事をこなすことにしか関心がない。

そこに、こういう歴史的な重いエピソードを、現地人青年に訛りのある日本語で語らせるという違和感の描き方が、とても素敵だと思った。そして、道徳的な押しつけがましさも全くない、さらりとした味を出している。

こういう表現をする黒沢監督という人は、恐らくとても繊細なのだろう。

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そして、物語が進むにつれ、葉子の心は徐々に開かれ軽やかになっていく。それと共に、撮影隊たちの結束も固くなり、ウズベキスタンという国への思いも深まっていく。

その橋渡し役となった現地人通訳を演じた俳優さんが素晴らしかった。

アディズ・ラジャボフさんという現地の国民的大スター。日本語は全く話せないのだが、今回の映画のために日本語の長ゼリフを覚えたそうだ。

 

カメラマン役の加瀬亮さんは非常に味のある存在感で、本物の監督さんの様だった。

ディレクター役の染谷将太さんは「要は金だろ、金」的雰囲気丸出し、実に憎たらしくて良かった。

AD役の柄本時生さんは、ふっと現れて主人公を気遣うところがハマっていて、これまた良かった。

 

個人的に黒沢清作品は「ハズレ」と感じるものがない。

どちらかというとホラーやサスペンスのイメージが強い人だが、どんなジャンルを描いても、オリジナリティが高く、安心して観れる。

 

パンフに書かれていたキャストの柄本時生さんの言葉を一部引用させていただくと、「これは監督自身の人間性が影響しているのではないかと思うのですが、作品を意味ありげに見せるでもない、観客に何か語って聞かせるということがない」。

その通りだと思う。

強いメッセージがあるでもなく、かといって控え目というのでもない。

心の奥深くの微妙な場所に、ものすごい浸透の仕方をしてくる映画を作る人だと思う。

 

撮影日誌を読んでも、監督自身の心の広さがとても伝わってくる。

撮影は当然過酷だったようだが、心には余裕をもってモノ作りをするからこそ、観客が安心して観れる映画になるのだろう。

素敵だ、こんな人になりたい。

 

「旅のおわり世界のはじまり」お勧めです。